1:不思議なお粥占い

 

 ブログを始めました。以前から、何か書きたいと思いつつも、仕事の忙しさに流されて、何もできずにいました。新年というキッカケが、後押しくれて、ようやく筆を起こす気になりました。

 そして今年は僕個人としても、人生の転換期を迎える年でもあるので、その時々に、五感で感じたことなどをできる限り記録として書き残しておきたいという欲もあって、ブログを始めました。

 

 

 今年といえば、「平成」が終わり、新時代を迎える年でもある。だからと言って、日本経済が急激な右肩上がりになって「限界突破」するわけでもなく、雨後の竹の子のように子どもたちが生まれて「少子高齢化」は過去の産物になる見込みもないわけで、新時代という概念が何かしてくれるわけではない。

 2020年にオリンピックをやったり、大阪で万博が開催されることが決まるといった明るい話題もあるけれども、若い人たちの直感は鋭くて、新成人の約6割は日本の将来は暗いと答える調査結果が、ちょっと前の新聞で載っていた。――新時代も、世界的なお祭りも、日本の根本的な問題の前ではどうにもならないのだという若い人たちの本音が垣間見れるような気がする。

 

 

 「あかん、新年早々、お先真っ暗やなぁ」と思っていたら、追い打ちをかけるような記事を僕は発見する。

 それは本日付(1/21)の埼玉新聞のコラム・さきたま抄(朝日新聞の「天声人語」みたいなもの)で、小鹿野町(埼玉県西部にある町)の民俗行事について書かれていた。

 

 小鹿野町では小正月に、お粥を煮立てて、今年1年の天気や作物の豊凶を占うという民俗行事(馬上の管粥)があるのだとか。

 

 で、その占いの結果、今年の社会情勢については「見たことのない影」が出ていたという。

 

 「お粥で今年の幸不幸を占うなんて」と小ばかにしながら続きを読んでいると、

 

 代々の埼玉新聞社の記者たちの間では、この占いは当たることが多いと言われているらしい。

 

 「うん?!」と僕の顔は少し険しくなる。

 

 さらに続きを読むと、阪神淡路大震災東日本大震災の年も「どうしてこんなに…」と言われたほど悪い結果が出たと書かれている。そのあと記事は南海トラフ地震のことや、いたずらに不安がるのではなく今できる防災対策をしっかりとるように呼びかけていた。

 

 「やれやれ」と僕は思った。後付けでいろいろ言えてしまうお粥占いで多少なりとも心を揺さぶられた自分にうんざりしたからだ。だからと言って、防災対策に無頓着でもいられない。今月になって、短い間で、2回程度、地震で揺れたのも気になる。